こんにちは。スミレ(母)とレモン(娘)です。当ブログを訪れていただき、ありがとうございます。
1995年1月17日。
スミレは大学へ行くため、朝5時45分に目覚ましをセットしていました。
目覚ましが鳴り、母が起こしに来てくれた直後の5時46分。
今まで経験したことのない長い揺れに襲われ、怖くて布団を頭からかぶったことを今でも覚えています。
揺れが収まり、リビングでテレビをつけると、そこには信じられない光景が映っていました。
あの日から30年以上。
今回、レモンが学校の自然学校で淡路島へ行くことになり、「スミレも久しぶりに淡路島へ行きたい!」と思って友人と1泊2日の旅行へ出かけました。
旅行の目的は、おいしい海の幸や淡路牛を食べること。
そんな中で立ち寄ったのが、北淡震災記念公園にある野島断層保存館です。
友人は「今回は外で待ってるね」と車で待つことに。
スミレも少し迷いましたが、「またここへ来る機会はあるのかな」と思い、一人で入館しました。

この記事はこんな方におすすめです!
野島断層保存館の基本情報

会館時間 9:00~17:00
休館日 1~11月は無休
12月は臨時休業あり
| 入館料 | 個 人 | 団体 30名以上 | 障害の ある方 |
|---|---|---|---|
| 大 人 | 730円 | 660円 | 360円 |
| 中学生・高校生 | 310円 | 280円 | 150円 |
| 小学生 | 260円 | 230円 | 120円 |
※料金や営業時間は変更される場合があります。お出かけ前に公式ホームページで最新情報をご確認ください。
一人で入館したからこそ聞けた、スタッフさんの説明

受付で支払いを済ませ、入館券と説明を受け取ります。入館すると、その時間の見学者はスミレ一人だけ。
スタッフの方が野島断層について丁寧に説明してくださいました。

目の前に現れた断層を見た瞬間、スミレは「別の場所にあった断層を運んできたのかな」と思いました。
ところが、それは逆だったそうです。
実際にこの場所に現れた野島断層をそのまま保存するため、この建物が造られたと教えていただきました。
テレビでは何度も見てきた阪神・淡路大震災ですが、実際にその場所へ立つと、写真や映像では伝わらない迫力があります。
体育館のような広い建物の中に保存された断層を見ながら、地面がこれほど大きくずれたことに驚きました。
神戸の壁やメモリアルハウスを見て、地震の恐ろしさを実感

断層を見学した後は、一度外へ出て神戸の壁を見学。
神戸の壁は、もともとは、神戸市長田区の若松市場の防火壁として建設されたそうです。第2次世界大戦の神戸大空襲にも阪神淡路大震災にも負けずに残った防火壁を、神戸の壁と命名し、移設保存されたと書かれていました。
さらに進むと、震災で被災した民家がメモリアルハウスとして、保存されています。

台所には食器が散乱した様子が再現されていて、「ここで普通に暮らしていた人がいたんだ」と胸が締め付けられるような気持ちになりました。
スタッフの方によると、この家の住人は震災後も約4年間暮らしていたそうです。
建物だけを見るのではなく、そこに暮らしていた人たちの生活まで想像すると、震災の恐ろしさがより身近に感じられました。
地震について学べる展示やVR体験も

保存館には断層だけでなく、地震が起こる仕組みを学べる展示もあります。
さらに、地震体験館では、VRで地震を体験できるコーナーにも参加しました。「6歳以下の方は体験できません。12歳以下の方はVRを使用しない体験になります。」といった説明がVRに流れます。
40秒の体験でしたが、長く感じました。その後、体験中は大丈夫でしたが、終わってしばらくするとスミレは少し気分が悪くなりました。
VR酔いしやすい方は無理をせず、体調を見ながら体験するのがおすすめです。
野島断層保存館はこんな人におすすめ
正直に言うと、入館前は「断層を見るだけなら少し料金が高いかな?」と思っていました。
でも実際には、保存された断層だけでなく、メモリアルハウスや展示、VR体験まであり、想像していたより見応えがありました。
「ここだけを目的に淡路島へ行こう」と思って訪れたわけではありませんでしたが、淡路島観光で近くまで来たなら、ぜひ立ち寄ってみてほしい場所です。
地震大国日本に住む一人として、実際に見て、知っておいてよかったと思えた場所でした。
スミレにとって、そんな場所になりました。


